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Category : 考古学

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「貴国に派遣した使者を無事に返せ」と、書かれたヒッタイトの粘土板発見  





中近東文化センター(東京都三鷹市)付属アナトリア考古学研究所(トルコ・カマン)は22日、鉄製武器で栄えた古代トルコのヒッタイト帝国(紀元前1400~同1200年ごろ)の遺跡ビュクリュカレ(トルコ中部)から、くさび形文字で書かれた外交文書とみられる粘土板1枚を発見したと明らかにした。


研究所調査隊によると、ヒッタイト帝国の粘土板の大半は当時の首都ボアズキョイで発見されており、首都から約100キロ離れたビュクリュカレのような地方都市での発見は異例という。同隊の松村公仁隊長(51)は「(同)遺跡が帝国の主要都市であった証拠」としている。

粘土板は縦8・1センチ、横5・4センチ、厚さ2・2センチで、帝国時代の城壁付近の土砂から8月初旬に発見。帝国時代初期のヒッタイト文字が計21行刻まれていた。「貴国に派遣した使者を無事に返せ」といった趣旨で、文体からヒッタイトの王が周辺国に送った文書の控えとみられるという。

引用元:共同通信


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初期人類は日常的に人肉を食べていた? 子供の遺体11人に調理の痕が・・・  





洞穴で暮らすヨーロッパの初期人類にとって、人肉は儀式のごちそうでも餓死を避ける最後の手段でもなかったようだ。スペインで発掘された骨の化石から、日常的な食人の可能性が明らかになった。しかも、化石が発掘された一帯では、すべての初期人類が人肉を食べていた可能性がある。食人風習の最も古い例だという。


80万年前に解体された人間の骨が見つかったのはスペイン北部、アタプエルカのグラン・ドリーナ洞穴。骨に残る跡から、西ヨーロッパ最古の人類とされるホモ・アンテセッサー種(Homo antecessor)は食人が一般的だったとわかった。

発表によると、1994年に発見されたホモ・アンテセッサー種は、遺体の調理が一般的で慣習化していたらしい。必要な栄養を摂取し、しかも敵を根絶やしにできる一石二鳥を狙ったようだ。

発掘された骨には、切削痕や打撃の跡がはっきり残っていた。“調理”用の石器によるものと思われる。研究に参加したホセ・マリア・ベルムデス・デ・カストロ氏によると、バイソンやシカ、野生のヒツジなどと一緒に少なくとも11人の骨が見つかり、すべて食用に解体された痕跡があったという。肉を切り取ったり、骨を砕いて髄を取り出したり、脳を食べた痕跡もある。

引用元:ナショナルジオグラフィック


ツタンカーメンの死因はマラリアではなく、鎌状赤血球症? (この疾患はマラリアに耐性)  





古代エジプト王朝のツタンカーメン王は、マラリアではなく、遺伝性の血液疾患「鎌状赤血球症(SCD)」で死亡した可能性があるとの研究が23日、米医学誌「米国医師会雑誌」オンライン版に発表された。

CropperCapture[1]


死因に関しては今年2月、エジプト、イタリア、ドイツの国際チームが、DNA鑑定やCTスキャンなどによる研究の結果、「王は免疫不全の状態で、おそらく落下により、突然足を骨折したために命にかかわる状態となって、マラリアに感染し死亡した」との見解を示した。

だが、独ベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所のチームがこのほど放射線を使ってミイラの足を詳細に調べたところ、SCDの形跡が認められたという。SCDは最も一般的な遺伝性疾患の1つで、赤血球の一部が通常の球状ではなく鎌状になって血流が阻害され、慢性痛や感染症、組織死をもたらすというもの。研究者らは、真の死因を究明するためにさらなるDNA鑑定を行う必要があるとしている。

引用元:AFPBB New


紀元前3500年頃の世界最古の革靴、アルメニアで発見  靴紐付き  





アルメニアの洞窟で発見された遺物の靴を調べていた国際的な考古学チームは、放射性炭素年代測定法による分析の結果、紀元前3500年ごろのもので世界最古の革靴であることが分かったと発表した。ロイター通信が9日、伝えた。

アルメニア靴



革靴が発見された洞窟は、イランやトルコとの国境に近い地域に位置し、洞窟内は低温かつ乾燥していた。靴は牛革製でほぼ完全な形で残っており、靴ひももあった。

靴は片方だけで、長さが約24・5センチ、幅が7.6~10センチ。男性用か女性用かは不明。革靴は2008年に考古学を専攻するアルメニア人の学生によって発見され、米国と英国の研究所で放射性炭素年代測定法によって正確な年代を調べていた。世界最古の履物は米国ミズーリ州の洞窟で見つかったサンダルで、今回の革靴よりさらに約2500年古いとされている。

47NEWS
http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010061001000125.html


ネアンデルタール人と、現生人類は混血していた? ゲノム比較で推定  





 約3万年前に絶滅した旧人「ネアンデルタール人」のゲノム(全遺伝情報)を骨の化石から解読したところ、現生人類とわずかに混血していたと推定されるとの研究結果をドイツのマックス・プランク進化人類学研究所や米バイオ企業などの国際チームが7日付の米科学誌サイエンスに発表した。



 旧人と現生人類は数十万年前にアフリカで共通の祖先から枝分かれした近縁種で、ある時期、地球上で共存していたとされる。混血の有無は人類学上の論争の一つで、これまでは無かったとする説が有力だった。今回の研究では、両者のゲノムの比較で現生人類だけに特徴的な遺伝子も判明。今後、人らしさとは何か、絶滅と拡大の命運を分けた鍵は何だったのかという理解が進みそうだ。

 研究チームは、クロアチアの洞窟で見つかった約4万年前の旧人女性3人の骨粉標本を分析し、ゲノム全体の約60%を解読した。一方でアフリカの南部と西部、フランス、中国、パプアニューギニアの現生人類5人のゲノムも解析。旧人と比較した結果、枝分かれの地であるアフリカの人より、それ以外の現生人類の方が旧人のゲノム配列に似ており、ゲノムの約1~4%が旧人由来と推計された。

共同通信
http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010050601000793.html


バーミヤン石仏の破壊中止を、最も熱心に働きかけてきた日本  回想録で明らかに  





 2001年にアフガニスタンの当時の支配勢力タリバンによって破壊されたバーミヤン石仏について、日本が破壊防止のため、解体などによる保存策の提案をタリバンに行っていたことが、当時の駐パキスタン・アフガン大使の回想録から明らかになった。

バーミヤン石仏



 回顧録によると、タリバンがバーミヤン石仏を破壊しようとしていた01年、日本は破壊をやめさせようと最も熱心に働きかけてきた国だった。スリランカの僧侶らを伴ってザイーフ氏を訪れた日本の公式代表団は、石仏を解体して海外に移送し再度組み立てる案や、石仏の頭からつま先まですっかり隠してその存在を視認できないようにするなどの保存策を提案したという。

 代表団は、アフガニスタン人は仏教徒の先祖にあたり、仏教遺産を守る責任があると説いたが、ザイーフ氏はアフガン人にとって仏教は「空虚な宗教」だと返答。「われわれを先祖と見なし従ってきたのなら、われわれがイスラム教という真の宗教を見つけたときに、なぜその例に従わなかったのか」と反問し、イスラム教への改宗を暗に迫ったという。

 ザイーフ氏は、石仏の破壊を「イスラム法にのっとったもの」としつつ、「タリバン政権の外交を悪化させる悪い契機となった」とも記しており、苦い思いをかみしめているようだ。

AFPBB News
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2702141/5403429






4 :七つの海の名無しさん:2010/02/26(金) 20:13:02 ID:04y/GFup
こういう「いい話」はマスコミ全然報道しなかったな…
ジャーナリストは何の為にいるんだよ?

24 :七つの海の名無しさん:2010/02/26(金) 21:36:04 ID:6rKefwLg
>>4
日本がいろんな形で破壊中止を申し入れたことは、当時結構報道されてるよ。

与党三党の代表団がアフガン訪問して、ムタワキル外相と直談判までしてるんだから。
日本側から日本移設の話が出たことも各紙報じてたよ。



5 :七つの海の名無しさん:2010/02/26(金) 20:15:00 ID:WuATfho1
あの破壊の映像見た時は悲しかったな。



6 :七つの海の名無しさん:2010/02/26(金) 20:18:03 ID:c3cvdCvp
アフガンの廃仏稀釈か。
俺は仏教徒ではないけど、勿体無いなとは思う。

ダチョウ卵の殻に幾何学模様? 6万年前の地層から多数見つかる  





 南アフリカ共和国の大西洋岸近くにある洞穴内の約6万年前の地層から、平行線や格子状の精巧な刻みがたくさんあるダチョウの卵の殻が多数見つかった。フランス・ボルドー大などの国際研究チームが6日までに米科学アカデミー紀要電子版に発表した。

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 細かい破片の状態で発見されたが、当時の狩猟採集生活の人類が、丸い殻に小さな穴を開けて中身を食べた後、水筒として利用したとみられる。表面の刻みは、持ち主の個人や集団を示す目印だったとみられるが、幾何学模様のようでもあり、社会や文化の発達がうかがえるという。

 ダチョウの卵は長さ16センチ、直径13センチ前後で、容量は1リットル程度。見つかった破片は2~3センチ角で、計270個あった。色は赤やオレンジ、灰色などさまざまだったが、化学分析の結果、着色したのではなく、たき火の影響で変色したことが分かった。南アフリカでは近年、約7万7000年前の抽象的な模様が刻まれた堅い土片や、約7万5000年前の貝殻ビーズも見つかっている。

時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201003/2010030600200





5 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 02:52:55 ID:xxCB6Vpo
携帯用トイレだったかもしんないのに。

8 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 02:56:15 ID:JLHuVcb/
>>5
そこらに立ちションするだろ? 常識的に考えて。

50 :名無しのひみつ:2010/03/08(月) 13:50:16 ID:22WLvnyu
>>8
どこの野蛮人だよ。



6 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 02:53:04 ID:qhaEo4NQ
個人や集団を示す目印にしては、余りにみんな似通いすぎてるような。


9 :名無しのひみつ:2010/03/07(日) 03:27:21 ID:LO/rEFgn
蓋は、どうしてたんだろう?

ピラミッドの建設に従事した「労働者」の墓は、王の側に埋葬  奴隷説を覆す新たな証拠  





 エジプト・ギザでクフ王の大ピラミッドやカフラー王のピラミッドの建設に従事した労働者の複数の墓が新たに見つかったとホスニ文化相が10日発表した。通説ではピラミッドは奴隷が建設したとされてきたが、発掘を担当した考古最高評議会のハワス事務局長は「墓は王のピラミッドのそばに造られており、労働者が奴隷でなかったことを示す貴重な発見」と指摘している。

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 墓は古王国時代の第4王朝(約4600年前)ごろのもので、泥れんがを石こうで固めた構造。発掘現場からは、労働者の食料として上流階級の家族が毎日、野牛21頭とヤギ23頭を送っていたことを示す証拠も見つかったという。ピラミッド建設労働者の墓は1990年にも見つかっている。

侮日新聞
http://mainichi.jp/select/world/news/20100112k0000m030058000c.html





3 :名無しのひみつ:2010/01/11(月) 23:30:50 ID:gFpS9Ikv
そんなの、もう何年も常識。

79 :名無しのひみつ:2010/01/12(火) 05:44:36 ID:ZUMhWvqp
>>3
物的証拠が見つかった事がニュースなんじゃないかな?

労働者向けの町の跡とかはあっても、はたしてその人々へ敬意を持っていたかは分からない。
労働者同士で勝手に墓作ったとするなら、王の墓の側なんかに作れるはずない。

87 :名無しのひみつ:2010/01/12(火) 08:11:44 ID:cMuXSPJA
>>79
労働者の勤怠簿とかも発見されてて、定期的な休日や休暇などが認められていたことがわかっている。
休暇の理由としては、結婚式に参加する、病気、二日酔い等。

89 :名無しのひみつ:2010/01/12(火) 08:25:14 ID:ZUMhWvqp
>>87
それらを管理していたのが誰かってのが大事なんだけど、どんな文書(ってのも変だが)を見せても納得しない層に、「奴隷を王の近くに埋葬させるわけないだろ?」って意味合いが大きいニュース。



4 :名無しのひみつ:2010/01/11(月) 23:31:22 ID:LB9oyJ5p
むしろ、現代の労働者の方が…

約1400年前の古墳おにぎり弁当(8個入り)、港北ニュータウンで発掘 エックス線解析で判明  





 横浜市都筑区の港北ニュータウン開発の遺跡調査で、発掘された古墳時代後期(約1400年前)の炭化した米の塊について、弁当箱に入れられたおにぎり8個だった可能性のあることが、市埋蔵文化財センターの調べで分かった。こうした形で見つかるのは全国的にも珍しいという。“おにぎり弁当”は、12日から、市歴史博物館(同市都筑区)で公開される。

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 センターによると、米の塊(長さ14.5センチ、幅9.2センチ)は1980年代に発掘。現在は港北ニュータウンになっている「北川表の上遺跡」で見つかった。同遺跡では、弥生時代から平安時代の住居などが見つかっている。

 報告書をまとめるため、米の塊をエックス線CTスキャンで解析したところ、断面図から、大人のこぶし大のおにぎりのようなものが見つかった。複数個所の断面から、8個ぐらいがまとまっていたとみられる。塊の表面の米粒はつぶれているが、中身の粒はしっかりしていることから、米が炊かれた後に、握られたとみられる。塊の底面には、編まれたような樹皮があり、長方形の容器だったとみられる。おかずやほかの雑穀などは、確認できなかった。

 同センターの担当者は「梅干しが入っているかなと調べたが、なかった。当時、米だけで食べていたのか、疑問がわいてくる」と話している。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20091211/CK2009121102000062.html




6 :名無しのひみつ:2009/12/11(金) 16:57:16 ID:OrkNkaOB
どんだけおにぎり弁当好きなんだよ、ご先祖様w

13 :名無しのひみつ:2009/12/11(金) 17:08:03 ID:2mQPYDFd
>>6
正直、1600年も後裔のお前らが、おにぎり弁当を食べてるとは思わんかった。



7 :名無しのひみつ:2009/12/11(金) 16:59:19 ID:pGyuPb7c
お握り食いそこねたってことは事件性あり。

10 :名無しのひみつ:2009/12/11(金) 17:02:06 ID:WdU1AyGn
>>7
犯人は10から60歳、男性かもしくは女性の可能性もある。



8 :名無しのひみつ:2009/12/11(金) 16:59:21 ID:WdU1AyGn
日本の文化はちゃんと連綿と続いてるんだねぇ。

発掘された多数の人骨にカニバリズム(食人)の痕跡が発見される、新石器時代初期の埋葬場所  





 Antiquity誌によると、ドイツ南西部の7,000年前の埋葬場所の発掘で、大規模な食人の証拠が発見された。

 論文の著者らによると、発見は新石器時代初期の欧州のカニバリズムの稀な証拠だという。現場はヘルクスハイム村近く。1996年に最初の発掘が行われ、2005年から2008年にかけても調査が行われた。発掘された500体ほどが食人の対象となった可能性があるとのこと。「故意に切断された」人骨には子供や胎児のものさえ含まれていたという。

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 発掘チームを率いるBruno Boulestin博士(仏ボルドー大学)はBBCに、人骨にカニバリズムを示す故意に切断・破壊された証拠を発見したと語っている。「串焼きにされた動物の骨にはパターンがあります。同様のパターンが発掘現場の人骨に見つかりました」

 同博士は発見された人骨が人為的に料理されたと証明するのは難しいと強調した。一部の科学者はカニバリズム説を否定し、骨から肉をはがす行為が埋葬の儀式だった可能性があるとしている。しかし、Boulestin博士は、人骨は「故意に切断」されており、また多くの人骨に噛まれた痕跡が見つかったと語っている。

 初期新石器時代には欧州中部で農耕が広まった。発掘チームは、欧州でのカニバリズムは、おそらく飢饉の際に例外的に行われていたものと考えている。

BBC NEWS
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/8394802.stm





3 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 01:51:28 ID:zNPU172S
自然界で一番捕まえやすい肉は人間だからな…


4 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 01:58:04 ID:RLu1JMSs
他部族の女を捕まえてきて、孕ませて子供を食べるとかないんかね?

54 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 12:59:09 ID:WJhH/kZx
>>4
女に食わせるほうが、よっぽどかかるだろ…



7 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 02:11:02 ID:g86n2Qhu
本当に飢饉の時だけかね?
稲作で生活せずに、他民族を食って生活していた部族がいたんじゃないのか。

8 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 02:15:45 ID:5nkZqv5x
>>7
日本でも縄文・弥生期だったら、たぶん食ってたんじゃない?
近現代のは、Wikipediaのカニバリズムの日本の項目に詳しいが。


18 :七つの海の名無しさん:2009/12/07(月) 02:56:52 ID:5HXLpwH5
>>7
この話が凄いね、1400年代のスコットランドの実話。
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滑り止め?古代文字? 聖書時代の謎の石製カップをエルサレムで発見  





 それは一見したところ、ただの壊れた泥まみれの石製のカップにしか見えなかった。しかし、発掘チームが洗浄作業を進めると、表面に10列の謎の文字列が刻みこまれていることが判明した。このカップは2000年前のもので、イスラエルの首都エルサレムで発見された。

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 発掘チームのリーダーでノースカロライナ大学チャペルヒル校のシモン・ギブソン氏は次のように話す。「石のカップ自体は当時のユダヤ人家庭ならどこにでもあるありふれたものだ。しかし、石のカップに文字が刻まれているのは初めて見た」。

 この文字列を解読できれば、イエス・キリスト時代のエルサレムの日常生活や宗教儀式を解明する手掛かりが得られると考えられる。

 発掘チームは2009年夏、ダビデ王墓や「最後の晩餐(ばんさん)」で歴史的に有名なエルサレム旧市街のシオン山の調査を続けていた。そして、宗教儀式に関連する小さなため池のそばで問題のカップを発見した。発掘現場は当時の上流階級の居住区域で、近くにはヘロデ大王の宮殿があった。ヘロデ大王はキリスト生誕の直前にイスラエルを統治していた人物である。

「周囲の遺跡や出土品から判断すると、このカップの作成年代は紀元前37年から紀元70年の間と考えられる。紀元70年代にはユダヤ人の反乱に対抗してローマ人がエルサレムを壊滅状態に追い込むが、それ以降のものとは考えられない」とギブソン氏は話す。

中略

 現在でもユダヤ教徒の中に「カシュルート」と呼ばれる厳格な食事規定を守る人がいるように、キリスト時代のユダヤ人も食事と飲み物に関して複雑な掟(おきて)に従っていた。言い伝えによると、陶器製のカップの場合、禁じられた食物に触れてけがれると破壊するか廃棄する必要があったという。

「しかし石は宗教上、不浄にならないとユダヤ人の掟では定められている」と、同じくノースカロライナ大学チャペルヒル校の考古学者ジョディ・マグネス氏は話す。同氏は聖書時代のエルサレムの日常生活を専門。

「長期的にみれば、不浄を避ける原則を守ろうとすると、石のカップを使うのが経済的だ」。特にエルサレムでは石の方が経済的だった。この地域ではどこを掘っても軟らかい白亜質の岩石が産出するので、簡単に加工して石のカップを生産することができた。エルサレムはその中心地だったのである。

 手彫りで成形しただけの粗野な石のカップは現代のビールジョッキに似ているが、その用途に関して研究者の意見は割れている。理由の一つとして、飲み物が飲みにくいという点がある。発掘チームのリーダーのギブソン氏は、「個人的には、食事の前に手を清める儀式に使っていたものだと考えている」と話す。

以下略

ナショナルジオグラフィック
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=95198948&expand




9 :名無しのひみつ:2009/09/10(木) 20:35:50 ID:um6gskXU
古代には既に謎の文字列があったのか。


14 :名無しのひみつ:2009/09/10(木) 20:43:11 ID:CBLi/2a6
聖杯戦争の始まりである。


15 :名無しのひみつ:2009/09/10(木) 20:43:12 ID:altTRByy
エルサレムはイスラエルの首都ではありません。
イスラエルが勝手にエルサレムは首都だと言っているだけです、世界各国は認めてません。

16 :名無しのひみつ:2009/09/10(木) 20:45:00 ID:h0DXLOIF
>>15
世界各国がが地球は三角だって言っても、地球は丸いんだよ?


86 :名無しのひみつ:2009/09/11(金) 05:18:31 ID:QKUobRxs
>>16
まあ国家承認の原則というのがあってだな。

とくにイスラム教徒とかキリスト教各派など他の宗教の聖地とかぶってるんだから。
聖地を我々の首都だと言い張っても認めてないというのは、その辺があるんじゃないの?


91 :名無しのひみつ:2009/09/11(金) 05:46:37 ID:aenfhXrG
>>86
あと、エルサレムはパレスチナも領有を主張してるからな。
一応紛争地帯だから、国際的には首都は一応別の場所ってことになってる。



18 :名無しのひみつ:2009/09/10(木) 20:49:32 ID:UzvOaAsc
日本の神代文字と酷似、イエスキリストは日本にいた。

大豆痕跡5点発見 縄文農耕論の可能性高まる  





 「縄文時代に、大豆を栽培していたことがほぼ確実になった」。大豆痕跡5点を発見した意義を、研究チームの中山誠二県立博物館学芸課長はこう説明する。

 県立考古博物館や県埋蔵文化財センターなどの研究者5人は、1年半前に大豆痕跡が見つかった縄文時代中期の酒呑場(さけのみば)遺跡(北杜市)に加え、同時代の女夫石(めおといし)遺跡(韮崎市)から出土していた土器を調査。土器に残る痕跡にシリコンを流して型を取り、顕微鏡で調べていった。

 野生の大豆は長さ4.5ミリで、水に浸しても最大約8ミリにしか膨らまないが、発見されたのはいずれも10ミリ前後と大きかった。これまで、より大きい大豆痕跡が熊本県と長崎県の縄文時代後期(約3500年前)の土器から見つかっていた。研究に当たっている熊本大学の小畑弘己准教授(東北アジア先史学)は山梨県での発見の意義を認めつつ、「縄文時代に中部地方で先に大豆が栽培され、九州に伝わった可能性もある」と指摘する。


 山梨県北西部の2遺跡の土器からは、数多くの小豆類の種子も発見された。栽培種か野生種かの調査はこれからだが、「縄文時代中期に大豆とともに小豆類も使っていたことが明らかになった」(中山課長)。

 青森県の遺跡で見つかった炭化したヒエを、縄文時代中期の栽培種の可能性が高いと指摘したことのある国立歴史民俗博物館(千葉県)の西本豊弘教授(環境考古学)は「大豆の栽培はもう確実で、小豆類はあまり例がなくおもしろい。縄文時代中期の考え方が変わる発見だ」とみている。山梨県の研究チームはまた、約1000年さかのぼる縄文時代前期(約6000年前)の天神遺跡(北杜市)の土器も調査。栽培大豆の野生種のツルマメと、野生種のシソ属(エゴマ・シソ)を発見した。

 中山課長は「栽培大豆の前段階の、野生のツルマメが見つかったのは初めて。縄文人は、香りが強く殺菌作用のあるシソやゴマも食べていたのでは」と話す。縄文人の多様な食文化が浮き彫りになりつつある。


 研究が進む一方で、新たな謎も浮かび上がった。

 大豆痕跡のうち4点は、1年半前に見つかったのと同じ扁平形だが、1点は現在よく見る形の楕円(だえん)形。また、1年半前に大豆痕跡が発見された土器を九州国立博物館(福岡県)でコンピューター断層撮影したところ、内部に大豆痕跡がもう一つ見つかったという。

 「栽培が進む段階で品種改良したようだが、プロが作っていた土器に大豆が混ざるとは考えにくく、信仰などで意図的に埋めたのでは」と中山課長は推測する。「長野県などで発見するなど広がりの確認が必要」(西本教授)という課題も残っており、縄文人が稲作の前に行っていたとみられる穀物栽培の、さらなる解明が待たれている。


産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/yamanashi/090404/ymn0904040231004-n1.htm




*当ブログは、読みやすくなるよう若干の「編集」が入っております。
どうしても気になる方は、現行スレをご覧下さい。




3 :名無しのひみつ:2009/04/04(土) 23:33:55 ID:Q8X/a0L7
そもそも縄文時代自体がどんどん古くなってるね、更に現生人類の発生も遡るとみた。


5 :名無しのひみつ:2009/04/04(土) 23:56:12 ID:DbY2jVYa
農耕が出来る程のレベルにまで知的水準が達していないと、縄文文化の様なのは発生出来ない。
と、言う説もあるからな。


7 :名無しのひみつ:2009/04/05(日) 02:51:58 ID:3miP0kGI
米文化もない北方系の弥生人が、水田耕作を始めたなんて妄説がまかり通るから不思議。


11 :名無しのひみつ:2009/04/05(日) 16:17:25 ID:YDXnnzuh
縄文系だから優れてるってわけじゃねえだろw
俺は日本人は2000年の間に、別の民族に分かれたと思ってるけどね。


12 :名無しのひみつ:2009/04/05(日) 17:26:24 ID:kW0LiToy
弥生土器も出土するので、弥生人でもあります。

53万年前の障害児 見捨てずに育てた?  





 頭蓋が変形している最古の子どもの骨が発見された。この発見により、初期人類が障害児をすぐに見捨てたり、殺したりしていたという俗説が間違っている可能性が示された。

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 多くの哺乳動物は、重度の奇形が見られる新生児の育児を放棄することが知られている。したがって科学者たちは、古代の人類も同じような行動を取っていただろうと考えていた。

 しかし、今回発見された53万年前の頭骨の化石は、まれな先天異常を持っていたにもかかわらず10才頃まで生きていた子どもの骨と判明した。頭蓋縫合早期癒合症(ずがいほうごうそうきゆごうしょう)という障害で、頭蓋を構成する複数の骨が早期に癒合し、脳の発達が妨げられてしまう病気である。

 2001年、スペイン北部のアタプエルカでホモ・ハイデルベルゲンシスの複数人分の化石が発見された。ホモ・ハイデルベルゲンシスは、ネアンデルタール人の直接の祖先と考えられている初期人類である。

 発見された骨をつなぎ合わせてみると、1人の子どもの頭骨に奇形の形跡が確認された。この奇形が原因で脳内の圧が高まり、学習能力や知能の発達に問題が起こっていた可能性がある。

 研究を率いたアナ・ガルシア氏は、「子どもはみな、世話を受けないと生きていけない」と話す。同氏は、スペインのマドリードにあるUCM-ISCIII人類進化・行動研究センター(Centro UCM-ISCIII de Evolucion y Comportamientos Humanos)に在籍している。

 しかし、この子どもが実際に10才頃まで生き抜くためには、おそらく特別な世話が必要だっただろうと同氏は考えている。また同氏は、「望まれない子を意図的に殺してしまう行為は哺乳類では珍しくない。人類と遺伝的に近い類人猿でもそれは同じだ」とも解説する。

 この習慣は現生人類の文化でも確認されており、例えばかつてイヌイットは重度の遺伝子異常を持つ赤ん坊を殺していた。また、中世イングランドの救貧院の墓地には、異常といえるほど多数の奇形児が埋葬されていたという。当時の救貧院は、望まれない子どもたちが捨てられる場所でもあったのである。

 しかし今回、化石として発見された子どもは奇形があったにもかかわらず、同じ中期更新世の子どもと同じように世話を受けていたことが判明した。

 この研究は、「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌の今週号に掲載されている。

ナショナルジオグラフィック
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=77215995&expand




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2 :名無しのひみつ:2009/04/01(水) 22:23:16 ID:Xobhorh0
子殺しする親は類人猿以下なんですよね。


3 :名無しのひみつ:2009/04/01(水) 22:26:52 ID:fnVZcqvc
毛の無い猿を見捨てなかったから、今の人類になったのかもな。


4 :名無しのひみつ:2009/04/01(水) 22:28:37 ID:jWwz0I0J
この人の話は胡散臭いから、他国の複数の専門家が検証し直すべき。


5 :名無しのひみつ:2009/04/01(水) 22:33:15 ID:bPxpqOTF
なんか、怪しい。


6 :名無しのひみつ:2009/04/01(水) 22:34:17 ID:pRBcCD60
仮説でもなく憶測の範囲だな、美しくて信じたい話だけどね。

弥生人も牡蠣は好物だった? 貝塚から大量に牡蠣殻が見つかる。  





 弥生人も広島湾の牡蠣が大好物だった―。広島市文化財団が発掘調査中の市最北の貝塚(弥生時代後期、3世紀)から大量のカキ殻が見つかるなど、弥生人が牡蠣を食べていたことを示す貝塚が広島湾岸域で27カ所に上ることが19日までに分かった。広島産カキは江戸時代から養殖が始まり、全国ブランドとなったが、その味は約1800年前から「お墨付き」が与えられていたといえそうだ。

 市最北の貝塚が出土したのは、安佐北区大林町の柳遺跡。太田川支流を望む丘陵尾根の集落跡から、カキ殻がプラスチック製コンテナ(縦50、横 35、深さ16センチ)2箱分もあった。大半が長さ10cm以下で小ぶり。浅蜊、蛤も交じっていた。当時の海岸線(東区・安佐南区を結ぶ安芸大橋付近と推定)まで片道約14キロを歩き、牡蠣を取っていたようだ。

中国新聞
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200901200262.html




3 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 01:41:55 ID:nGSHqNFR
日本最古の牡蠣ブランドって、宣伝文句ができたな。


4 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 01:49:22 ID:cbQl7Z5b
今でこそ安全な食べ物になったが、当時は食中毒多かっただろうな…


7 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 02:08:40 ID:sTZ6eZFP
ちなみに宝貝(タカラガイ)は、封神演義の宝貝(パオペイ)と同じもの。要するに、当時は宝貝(タカラガイ)が通貨の代わりになっており、宝貝(パオペイ)の力というのは、要するに財力が生み出した権力ということ。

宝貝は日本から間断なく輸出されており(日本ではゴミ)増え続ける貨幣による、インフレの果ての恐慌と国の崩壊。そして起こった内乱が殷と周の世代交代を生み出し、それ以後は国家が貨幣の鋳造権を握ることとなった。


8 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 02:11:56 ID:5nhZ8rlx
牡蠣なんて河口辺りに結構いっぱい一杯いる、こんもりと山のように群がってるよ。


10 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 02:16:45 ID:GYbveCD7
好き嫌いなんて存在しなかったと思うけどな。
俺の親父は40歳を超えるまでは、美味い不味いの存在を知らなかったらしいし。


11 :名無しのひみつ:2009/01/21(水) 02:24:37 ID:dSlhqDai
縄文人が狩りの時に持ち歩いた携帯食こそ、お好み焼きの元祖。




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遺跡から見つかった歯の歯垢を分析、9200年前の食生活が判明  





 ワシントン(AP) 約9200年前の人々がどんな食生活を送っていたのか?米国の研究者が遺跡から見つかった歯に残っていた「歯垢」を分析することで、当時の人類が食べていた穀物の種類などが判明したと、米科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に12月1日、発表した。

 米スミソニアン熱帯研究所と米国立自然史博物館の研究チームは、南米ペルー北部ナンチョク谷付近で、約5500─9200年前に暮らしていた人々の遺跡から発掘された、6─8人の歯39本を調査。歯の表面に残っていた「歯垢」から、食べていたものを割り出した。

 その結果、カボチャや豆、ピーナツ、地元の果実「パカイ」などを食べていたことが判明した。また、ほとんどの歯には穀物由来の「デンプン」が付着しており、調べた歯の3分の1のデンプン量はかなり多かったという。

 この結果から、この時代の人々が穀物を栽培し、定住していたことがわかるという。また、栽培された穀物が調理されていたこともわかった。

 研究チームは今後、穀物の種類などを突き止めて、ネアンデルタール人や初期の人類との食生活の違いを比較したいと話している。

CNN
http://www.cnn.co.jp/science/CNN200812020029.html




2 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 18:10:14 ID:RGINDusP
古代人も9200年後の人間に、ストーカーされるとは思わなかっただろうな。


4 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 18:16:01 ID:WqirSmOo
プライバシーの侵害ってやつ!?


5 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 18:16:01 ID:Uxi4t5tv
執念深いったりゃありゃしない。


6 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 18:25:01 ID:QSyRjuCl
そのうち、遺跡から見つかったパンツの染みを分析。


8 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 19:00:08 ID:Uyn3m/j+
>>6
パンツははいてなかったと思うな、日本だって近代になってからだし。


9 :名無しのひみつ:2008/12/03(水) 19:19:41 ID:EUKKBfZu
9200年間も残ってるなんて歯垢ってなんでこんなにシブトイの?歯医者逝けって他人の手借りなきゃ落とせないなんて…


おっぱい有り の 縄文晩期 板状土偶 が 北海道余市から出土  





1683_1.jpg
 後志管内余市町栄地区の「栄町7遺跡」で同町教委が行っている発掘調査で、縄文時代晩期(約三千-二千五百年前)の板状土偶一体が見つかった。これまで道内で出土した同期の板状土偶にはなかった乳房の膨らみがはっきりあるのが特徴で、専門家は「貴重」としている。

 土偶は縄目などでつけた文様はなく、素焼きのままで、暗褐色。長さ一一・六センチ、幅は最大の腹部が五・四センチ。厚さは顔の部分が二・六センチ、胸部が二センチ。乳房(直径一センチ、高さ六ミリ)と分かる突起があり、両手と左足は欠落している。


 出土した場所は地表から二メートルほど掘り下げた地点で、土製の勾玉(まがたま)と浅鉢などの土器類も近くから見つかった。

 板状土偶は北海道や東北の縄文後期(約四千-三千年前)から晩期の遺跡で出土しているが、晩期のものはほとんど扁平(へんぺい)。調査を指導する余市水産博物館館長で学芸員の乾芳宏さんは「腹部の幅が大きく膨らんでいるため、妊婦の可能性が高い」と話す。

 土偶に詳しい道教委の長沼孝・文化スポーツ課主査は「縄文後期に比べ、晩期の板状土偶は文様など表現が簡略化され、女性の乳房の膨らみもほとんどない。今回はそれがはっきり分かり、ほぼ完全な形で出土しており、貴重な発見」と話している。

北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/culture/124944.html




2 :名無しのひみつ:2008/10/23(木) 22:13:22 ID:n3bcCdt/
日本人の祖先である縄文人の土地を、アイヌが奪ったのか?


3 :名無しのひみつ:2008/10/23(木) 22:19:05 ID:J++ae5V3
>>2
違うと思う。その頃は人口が少なかったので、アイヌ人も縄文人も好き勝手に部落を作って日本中に住んでいたのだと私は思う。



4 :名無しのひみつ:2008/10/23(木) 22:25:27 ID:n3bcCdt/
>>3
「アイヌが先住民だ」と主張している人に対する皮肉のつもりで言いました。縄文人が居る頃は、アイヌも日本人の祖先も違いが少なかったか、似たような生活・言語だったと思っています。



8 :名無しのひみつ:2008/10/23(木) 22:33:02 ID:IPvPIZTP
>>4
早いもの勝ちか?って話だよな、道民からますます嫌われていくアイヌ人でした。「あいつ、アイヌだってキモーイ」



22 :名無しのひみつ:2008/10/24(金) 08:05:57 ID:J17nFa8D
>>8
政治問題化したい左翼をアシストしようとするのかな…


7 :名無しのひみつ:2008/10/23(木) 22:31:10 ID:WbiOisQU
またフィギュア萌え族か。


29 :名無しのひみつ:2008/10/24(金) 17:57:17 ID:tajEgPUu
>>7
粘土を捏ねて人型を作り、それを飾って喜んでるんだから…


弥生人もコイ養殖 愛知・朝日遺跡 歯の化石分析で判明  





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 弥生時代の代表的集落遺跡の朝日遺跡で、幼いコイの歯の化石が多数出土、コイを飼って食べていたとみられることが、滋賀県立琵琶湖博物館などの調査で分かった。コイの養殖を示す国内最古の事例。冬の保存食にしたようで、狩猟採集中心だった古代の食料事情に新たな一面を加える発見となりそうだ。

 縄文の遺跡でもコイの歯が見つかったが、幼魚は含まれていなかった。養殖の技術は、水位制御が必要な稲作とともに大陸から伝わったらしい。

 博物館などは、コイののどの奥にある1-8ミリの咽頭歯の化石167点を分析。大きさや形から年齢を推定したところ、生後数カ月の幼魚(体長5-15センチ)と2~3歳の産卵期の成魚(同35-45センチ)の2グループに大別できた。コイの産卵期は5-6月で、幼魚は生まれた年の秋まで育てられたとみられる。

産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080918/acd0809181011002-n1.htm



3 :名無しのひみつ:2008/09/18(木) 17:59:13 ID:sSubRzeU
鯉もお腹が減るのかな?


4 :名無しのひみつ:2008/09/18(木) 18:08:20 ID:5in2CH8G
貝塚公園で見つかったの?


5 :名無しのひみつ:2008/09/18(木) 18:32:58 ID:Qz3WyQxD
恋は天然のみだよ。


6 :名無しのひみつ:2008/09/18(木) 18:39:18 ID:KaLVN2fL
鯉の歯が見つかっただけで、養殖して食ってたって分かるのか?池で鯉飼ってるが、化石になったら鯉の骨が出るかも知れんが食って無いぞ。


7 :名無しのひみつ:2008/09/18(木) 18:55:08 ID:6OC4gS+B
>>6
同年齢のものだけが纏まって発見されてることから、
何か分かると思わないか?


弥生時代の 盾 に 緑色顔料 東アジアで最古、鳥取の遺跡  





 鳥取市の青谷上寺地遺跡で出土した弥生時代後期(1-3世紀)の盾に塗られた緑色顔料の「緑土」が、東アジアでは最古の使用例だったことが分かり、鳥取県埋蔵文化財センターが3日発表した。

 弥生時代の顔料はこれまで朱の赤、漆の黒が知られていたが、大陸の顔料が伝来する以前の日本独自の色彩を知る貴重な史料となりそうだ。

 緑土が塗られていたのは1998年に出土した盾2枚の一部。1枚は長さ約88センチ、幅8・5センチで、もう1枚は長さ40センチ、幅約10センチ。厚みはいずれも約1センチと薄く、祭祀用とみられる。短い破片は赤と緑、長い破片は緑一色だった。

 緑土は鉄分を含んでおり、朝鮮半島の高句麗に築造された徳興里古墳(平壌、408年)の壁画で用いられていたのが、これまでで最古だった。

 センターによると、同時期に中国の後漢では銅のさびで、より鮮やかな緑青を緑色顔料として利用。緑青は6世紀前半の仏教伝来の際、日本にもたらされたようで、高松塚古墳(奈良県、7世紀末-8世紀初め)の極彩色壁画や法隆寺金堂壁画(同、8世紀初めごろ)にも使われている。

47News
http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008090301000463.html



4 :名無しのひみつ:2008/09/03(水) 22:36:46 ID:C20FZmTw
グリーンダヨー!


24 :名無しのひみつ:2008/09/04(木) 14:06:47 ID:fjocwUUK
>>4
イインダヨ


5 :名無しのひみつ:2008/09/03(水) 22:38:01 ID:US/jf8fI
そういえば、ゴッドハンドの人はどうなったんだ?


6 :名無しのひみつ:2008/09/03(水) 22:38:17 ID:9FjQxX0q
>東アジアで最古
気に入らないニダ。



7 :名無しのひみつ:2008/09/03(水) 22:39:39 ID:zE0l+dEk
>>6
まあ世界最古の蓄光塗料は「南倭」で発明されたんだけどね。


9 :名無しのひみつ:2008/09/03(水) 23:14:48 ID:UpowSBkt
顔料の起源は韓国ニダ
盾の起源は韓国ニダ
弥生時代の起源は韓国ニダ



アンティキティラの歯車」 は五輪の開催年を告げる機械だった  





a_convert_20080805171633.jpg 国際研究グループの調査により紀元前の古代ギリシャの沈没船から発見された「アンティキティラの歯車」と呼ばれる機械式の天球儀は、古代ギリシャで4年に1度開催されていた古代オリンピックの開催年を知らせるための機械であることが30日、英科学雑誌「ネイチャー」に掲載された論文により明らかとなった。


 この研究報告を行ったのはトニー・フリース博士を中心とする「『アンティキティラの歯車』研究プロジェクト」に参加している研究グループ。

 研究グループは、3次元スキャナを使って錆びて金属の塊となってしまっていた「アンティキティラの歯車」の内部構造の解析を進めることにより、「アンティキティラの歯車」の機械的構造の正確な復元に成功するだけになく、その文字盤の閏年を示す部分にはギリシャ語で「オリピック」(画像参照)という文字が刻まれていたことを確認。その上で「アンティキティラの歯車」は天体の動きを示すだけでなく、4年に1度の閏年の発生を示すことで、オリンピックの開催年を知らせる機械としての役割を果たしていたことが判ったとしている。

 これまでの調査の結果、「アンティキティラの歯車」は非常に高度な技術力を投入することで天体の正確な運行を示す天球儀としての機能を持っていたことは判明していたが、どうしてそこまで正確な天球儀が必要だったのか、その機械の目的に関しては判らなかった。

 フリース博士は「4年に1度の閏年は誰でも判ることと思うかもしれないが、閏年に開催されていた古代オリンピックは社会的に非常に重要な行事であったため、その開催日時を正確に知ることが必要だったのではないか」と述べている。

 古代ギリシャのオリンピックは紀元前9世紀から紀元前4世紀にかけて開催されていたものとみられている。一方、「アンティキティラの歯車」は紀元前150年から紀元前100年頃にかけての製造されたのではないかと見られている。

Technobahn
http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200807311647


5 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:20:11 ID:UwRY93G6
胡散臭い・・・

6 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:26:39 ID:aFChhxhC
この技術が世界に広まってれば、今頃人類の歴史があと1000年速まってだろうに。

正確な歯車がでるのは、15世紀になってから、それから飛躍的にあらゆる技術が広まった。
科学技術と歯車は密接に関係する。

今の機械でも、歯車つかってないもんは皆無だし。
        
9 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:34:54 ID:QsFgMv2r
>>6
人類技術史上のトピックと言うと、車輪と歯車と火薬かな?

12 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:45:25 ID:zO0Fuh6C
>>9
螺子も加えてくれ。

7 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:27:11 ID:PXujbhqf
画像dの右下に、ΟΛΥΜΠΙΑ ってあるな。

8 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:32:51 ID:QsFgMv2r
オリンピック見物は、富裕階級が超絶的な費用をかけて旅行する一大イベントだっただろうから、正確な日時は何年も前から知る必要があっただろう。

11 :名無しのひみつ:2008/07/31(木) 18:41:05 ID:D/zl3zmL
奴隷が沢山いたから機械なんて要らなかったんだよ、現代だって核融合なんて本気になれば直ぐ実用化できるのに、石油や原子力で間に合ってるから本気にならないのと一緒。

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